春の風景の先に

雪が解けて、春になって桜が咲いてコブシも咲きました。狩勝ぽっぽの道はネコノメソウの道となり、福寿草の道となりました。そして、大好きな山菜が美味しいシーズンになりました。散歩の楽しい季節です。

ところで先日、十勝清水町にある某製糖工場の敷地の脇を車で通過して違和感を覚えました。それもそのはず、敷地周囲を飾っていたシラカバや松の大木のほとんどが伐採されていたのです。敷地内の建物は丸見えになっていて、これにはとても驚きました。

何やら、敷地の外に木が倒れるおそれがあるというので事故の起こる前の伐採のようですが、それにしても、まだまだ倒れそうにない木まで伐採する必要があるのかないのか。結構気に入っていた風景だったので一抹の寂しさを感じました。想像の域を脱しませんが、秋になり冬になって、これまで風の流れを止めて防風林の役目をしていたこれらの木々が、なくなった影響はないものなのか。もしかしてその代役に無機質なフェンスに変わっていたらなら、それはとても哀しい風景です。

しかし新得町内とて、周りを見渡してみると、畑の防風林を含め、ワンポイント的に存在しているようなシラカバ等の広葉樹の木々もどんどん伐採されています。畑にとっては、すっきり散髪して気持ちいいのでしょうか。でも何年かすると、防風林に代わってフェンスが立ち並んでいる。そんな光景を目にしますが・・・。

内地からの観光客が言います。

「わー、すごい」

何がすごいのか、何町もある畑の広さなのか、そんな畑に作物が理路整然と植わっている様子なのか、はたまた大規模なトラクターが畑を縦横無尽に走る様なのか。

でも、少し斜かいに見てみると、こんな広い畑も、150年ぐらい前までの原始の森。それが現在に至るまで開発され続けた結果の風景なのです。

『農業は国土保全の為にも大切な産業です。』

農業の大規模化法人化を進める十勝においては、あまりそちらのお考えに重点がおかれているとは思えないように感じます。ましてや美しい里山の風景は内地のものであって、ここには存在しません。まるで農業の二次産業化のようです。

かつて若者は都会から、地に足を付けて働きたいと移住しました。あるものは自給自足を目指し、都会にはない自然に希望を見いだし百姓という農業に取り組んでいました。しかし今、都会に住む若者が農業をしたいと考えたときに、内地にもたくさんの休耕地がある現在において、移住地としてこの地を選択するのでしょうか。また、今では十勝で農業をするためには何千万円という資金が必要だと聞きます。

さらに、法人化が進み、会社となった農業。もちろん経営戦略的には大型化も必要なことかもしれません。しかし、このまま効率だけを重視し続ける農業は、まるで防風林伐採後の無機質なフェンスの並ぶ風景のようになるかもしれません。

都会から移住を希望する若者が魅力を感じる未来がそこにあるのか。
辛い現実です。

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