子は親の鏡

特別委員会で強行採決後、本会議も与党多数で衆議院を通過した安全保障関連法案について取材をうけました。

話した時間は長くとも、活字になると3行です。
『憲法九条を守ると言う意味で反対。』
というか憲法違反です。

『自衛隊員も入隊時は自分が国外の戦争に行くと思っていなかったはず。』
PKO活動での海外派兵という意味ではなく、戦争の為の海外派兵。入隊時に災害復旧あるいは自国に対しての攻撃は頭の片隅にあったかもしれませんが、よもや他国に行って目の前の人を殺すかもしれないリアルさを想像していた人はどのくらいいるのでしょうか。

『政府は「海外派兵は行なわない」と言っているが、時の政権によってどうなるか分からない。』
今まさに、歴代首相の「集団的自衛権は認めない」との発言とは違う発言をしているのです。

作家の野坂昭如さんは言います。
『さあ、戦争をしようと始まる戦争などありはしない。70年前、沖縄を捨て石にした戦争指導者がいる。今のお上、最高指導者たちと、仕組みも体質も変わっていない。いざ開戦となってしまった時、引き返す手立てはない。そして国は国家を守る。』

『1945年2月には、近衛文麿が天皇に降伏交渉を上奏したが、天皇は「もう一度戦果をあげてからでないとなかなか話は難しいと思う」とそれを拒否した。(森武麿『アジア・太平洋戦争』から)その後の半年のうちに、沖縄戦と大量の特攻が行なわれ、各地の空襲と原爆投下があり、ソ連参戦と朝鮮半島の分断が生じ、南方戦線でも大量の戦死と餓死が発生した。多くの日本の戦死者、とくに民間犠牲者のほとんどは、この半年に集中して死んだ。』(民主と愛国 小熊英二から)

70年前、戦争はどうして起きたのでしょうか。そのヒントが「絵本戦争のつくりかた」にあります。

教授の上野千鶴子さんは言います。
『戦争体験は、もはや経験者が語り継ぐものではなくなり、それをまったく知らないものたちが再構成して引き受けるほかないものになった。だが、21世紀の今日、戦争は少しも過去のものになっていない。あの惨憺(さんたん)たる経験から、わたしたちが学んだことはまだまだ足りない、かのように。』

作家の松下竜一さんは言いました。
『今、憲法九条が無残なほど蔑(ないがし)ろにされ、馬鹿にされ嘲(あざけ)られております。けれど、今のこの局面はどうであれ、人類が、この地球上で子子孫孫へと受け継がれていくためには、この九条の理想を、敗けても敗けても、嘲られても堅持し続ける、ということが肝要ではなかろうかと思っています。』

そして彼は、自分の弱さを奮い立たせる。
『反戦とか反軍とか、反基地とかいう巨大な存在に向かって、私ども微弱な一人一人が素手で、何の武器も持たずに立ち向かっていくには、自分の精神を鍛えるしかない、意志を鍛えていくしかない。言うなれば、反戦運動というのは己の中の弱さとの戦いである。』

今、若い学生たちが必死で声をあげて頑張ってます。しかし、もっと大人が変わらなければ、時代なんて変わらないのです。

「子は親の鏡」です。