転車台の今

ニセコ町鉄道遺産 転車台

ニセコ町鉄道遺産 転車台

ニセコに行く機会があり、以前から気になっていたニセコ駅にあるSL転車台を見学にいきました。

1990年(H2)に新得駅から移設された転車台です。JRとニセコ町との約束でした。C62 のSLニセコ号延長条件としての移設だったようです。しかしニセコ町が移設費用として6千万円ぐらいかけた転車台も結局5年間の短い稼動でした。さらにはニセコ駅のある函館本線ではSLも走らなくなりました。そして今では転車台につながる線路も本線から切られていました。
少し想像すれば転車台移設は必要なかったかもしれません。釧網本線釧路駅 – 標茶駅・川湯温泉駅間で運行しているSL冬の湿原号のようにすれば。

ニセコ町鉄道遺産説明看板

ニセコ町鉄道遺産説明看板

今、ニセコ町ではこの転車台を『ニセコ駅鉄道遺産』に認定し、その近くには看板も立てられています。しかしこの保存状態が続けば、徐々に朽ちていくことになるでしょう。せめてイベントでも何でも良いですから、年に数回でも動かしてあげて欲しいものです。

考えてみると、
旧新内駅にある寝台車も同じことが言えるかもしれません。

旧狩勝線を楽しむ会のwebサイトを見ると

1両目がB寝台(1965年日本車両ナハネ20 132)
2両目はA寝台(1958年日立製作所ナロネ21551)
3両目は個室付きA寝台(1960年日立製作所ナロネ22 153)

とあります。特に3両目は『ルーメットと呼ばれた一人用個室付きで全国唯一の貴重なもの』です。

残念な現実ではありますが、この車輌群は元々この狩勝線の線路を実際に走っていたわけではありません。この車輌群はかつて狩勝高原開発のひとつとして新得町主導ではじまったSLホテルとして移設されたのです。しかし既にそのホテルは営業していません。役目を終えたこれら車輌は、現在『NPO法人旧狩勝線を楽しむ会』が、静態保存維持の為に、年に一度の車両塗装をしている状況です。

約十年前に設立されたこのNPO法人は、当時『SLや車輌を譲って欲しい』という話も耳にしていたのに、わざわざ高額の予算を計上して新内駅にあるSLと車輌群共々解体処分(つまりゴミ)にするという話に疑問を感じ、地元有志が中心になって設立されました。現在の『ぽっぽの道』の活用方法を地元地域住民の方々と町役場で検討しているタイミングでの処分話でした。

現在も鉄道ファンが見学やって来るこの車輌ですが、現状を見るとその車輌維持はボランティア頼みです。このNPO法人の収支報告を見ると車輌維持といっても塗装する程度が精一杯の状況でしょう。しかし状態はニセコ駅の転車台同様に最悪です。屋根すらない状況なので常に雨風そして雪にさらされています。将来もこの状況が続けばニセコ駅の転車台と同じ運命を辿ることになるでしょう。

都合の良い話です。
できることなら、せめて貴重な3両目の寝台車輌だけでも、大宮鉄道博物館のような屋根のあるところで静態保存して、できれば、鉄道ファンを含め多くの見学者の訪れるところに移設することが、この車輌にとっては幸せに思うのはYokoだけでしょうか。

「そんなことをすれば、新得町の観光資源がなくなる」

そうかもしれません。
もし、そう思っている方々が町内に数多くいらっしゃるならば、それはそれでとても幸せなことです。
是非、そう思っている方々は一緒に行動して下さい。
このまま朽ちていこうとする新得町の資産(さらに鉄道ファンにとっては貴重な鉄道遺産)を、現在の状況から少しでも改善し歯止めをかける必要があります。そのための資金でも人手でも、さらには数多くのアイディアでも提供してくれることを望むばかりです。